縫えないほころび ~NHKの番組への反響~

星野 健

2017年01月29日 11:54


 ~岐阜の女性は、内職から転換~

親から受け継いだ」か…

岐阜の縫製工場が番組に。
そしてPOSSEの板倉氏の怒りが。







私の子供の頃が、頭によみがえる。44年も前のことだ。
今は「本荘公園」になっているところは、
紡績工場だった。その北の住宅地は、寮だった。
若いお姉さんたちが、たくさんそこに住んでいた。

そろばん学校の帰り、寮のお姉さんからよく声をかけられた。
「お菓子あげるから、中においで」と。
ある日、中に入ってみた。狭い部屋に多くのお姉さんたちがいた。
「中学出て、九州から来て、ここに来た」と。強烈な印象が残っている。

岐阜は繊維産業が盛んだった。
問屋町も狭くなり、本荘の南に
「第二問屋街ビル」が建てられた。
そこでも多くの人が働いていた。

私が小学校高学年になる頃から、急に転出する友達が増えた。
仲のいい子も転校し、寂しかった。
校区南部にあった紡績工場が、移転した。
それからどんどん紡績工場が、岐阜から消えていった。

そして子供のころもう一つ印象的だったのは、
友達の家も含め、ミシンの音。
縫製工場からの外注を内職も支えていた。
岐阜の女性は、専業主婦兼内職の人が少なくなかった。

しかし、工場がなくなり、お姉さんたちが居なくなった。
内職をする人も引退。または、外で働くようになった。
高校進学率も上がり、中卒の女子労働力もなくなってきた。
そして問屋町も、静かに。夏・冬の「せんい祭り」も年々寂しく。

その代わりに、技術研修生が増えてきた。


岐阜は労働力の「置き換え」の歴史で、支えられてきたのだろう。
「親から受け継いだ」の言葉に、
そんな響きを感じたのは、私だけだろうか。
【2017.2.1】追記


あの、お姉さんたちの部屋を思い出す。

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