「角を矯めて牛を殺す」とは
2015年02月22日

~居間でしょ?~
先週、TVを見ていた。
林修先生が、「矯正」の「矯」を「た」と読むことの例として、
「角を矯めて牛を殺す」
を挙げて、説明されていました。
故事成語の「矯角殺牛」
牛の曲がった角を、まっすぐにしようとして、叩いたり、引っ張ったりしていると、牛は弱って死んでしまう。
⇒わずかな欠点を直そうとして、かえって全体をダメにしてしまう。
という意味となります。
教育では、そういう場面によく出会うような気がします。
例えば、授業内容では「国際化」のためのルール変更。
先日のプログに書いたことです。
中学理科「圧力」が難問になる
http://nyoki.mino-ch.com/e22951.html
国際化のために、「原理を理解する気持ち」がなくなります。
N(ニュートン)、Pa(バスカル)、J(ジュール)、W(ワット)
入試前でさえ、「ここは難しいから、やらずに済まそう」
と、避けて通る生徒が少なくありません。
⇒小学校で単位換算を「素早く」できるようにしていなかった
という「自己責任」問題に、「問題」が変わっていくのです。
その影響が、高校まで。
高校で「物理」を選択履修する生徒が、私たちの頃と比較すると激減しています。
「国際化」で、「理屈を避けて通る習慣」、を教育がつけているかのようです。
また、自己肯定感とも大きく関わります。
アメリカでの教育 Mini Q & A 松本輝彦 Blogger
http://infoe-qanda.blogspot.jp/2009/01/q993.html
「子どもは創造力の固まり。それを壊してしまうのが大人」という言葉を思い出してください。
子どもの作品の「(大人の目から見て)悪いところを直させる」という、日本的なやり方は、
海外で育った子どもには通用しません。子どもがやる気をなくして、すべてがなくなってしまいます。
(「角を矯めて、牛を殺す」のことわざです。)
「矯角殺牛」の意識、私は常に持ち続けたい。
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Posted by 星野 健
at 00:05
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